実録・クマ立てこもり事件。獣害対策公務員が現場の目線で振り返る
東北地方を中心にツキノワグマによる人身被害が過去15年で最多になり、クマが指定管理鳥獣に追加されるなど、クマ関係の話題が記憶に新しい昨今。
京都府北部の福知山市で獣害対策専門の公務員として働くモチヅキは、「クマの被害は決して他人事ではありません! 福知山でもいつクマに遭遇してもおかしくないので、自分事として考えてください」と事あるごとに口にしてきました。
そんな中、クマがレストラン倉庫へ侵入する事件がついに福知山で発生。「クマの立てこもり」として報道ヘリコプターで生中継されるなど大きな注目を浴びました。
今回は、事件の裏で市の職員がどんなことをしていたのか?といったお話をさせていただきます。
●事件1日目:警察から入電
その電話が鳴ったのは、2024年4月18日の午後1時40分過ぎ。
午後2時から始まる市長定例記者会見を直前に控え、そわそわした気持ちでいたモチヅキの目の前で、外線電話がいつもより大きく鳴ったように聞こえたのは気のせいではなかったかもしれません。
「福知山警察署の〇〇です」
「夜久野町日置のはっかく亭にクマが立てこもっているとの事です。現在は警察官が入り口をバリケードして閉じ込めています。市からも現場に急行できますか?」
ある程度身構えていたつもりでしたが、私の心の準備を遥かに上回る内容でした。
電話を切った時、意外なほど冷静な自分がいました。
「土日(特にGWなどの連休)」と、「職員が外出していて人手の少ない日」を狙いすましたかのように突如としてやってくるのが「クマ対応あるある」だからです。
目の前に迫る市長定例記者会見。一方、クマ対応でも現場に急行する職員と市役所で関係部署との情報共有を図る職員が必要…という状況の中、とりあえず先遣部隊として職員1人がクマ対策のシールドやクマ除けスプレー、爆竹等をもって現場に急行。外出中の職員を急遽市役所に呼び戻し、私と課長は記者会見を終えてから現場に向かうという流れになりました。
現場はどうなっているのか? 人身被害が出ないだろうか?
頭の中を不安な気持ちが占めながらも、市長定例記者会見ではずっと水面下で準備してきた福知山公立大学とのICT機器を活用した獣害対策での連携を無事発表。
記者会見が終わった瞬間、それはもう逃げるようなスピードで会場を抜け出し、作業服に着替えて現場に急行しました。
●現場に到着
我々が現場に到着した際にはすでに何台もパトカーが止まっていて、京都府職員、警察官、福知山市役所夜久野支所の職員等々、皆緊張感を帯びた顔つきで、物々しい雰囲気が漂っていました。
●結果から言うと…
報道で出ているとおり、結果から言えばクマは自力で倉庫内から脱出し、山に帰っていました。
今回のクマ立てこもりは発生から解散まで21時間かかりました。
これを長いとみるか、短いとみるかは評価の分かれるところかと思いますが、現場の人間からするとあっという間の出来事に感じました。
現場の対応策のカードが尽き、このままクマが何らかのアクションを起こすまで様子を見るという長期戦になるかもしれない…という重苦しい雰囲気に包まれた時間帯もありました。
以下、再び時系列に戻ります。
●対応策を協議
店舗の従業員さんの中には、クマが立てこもっていた倉庫に家の鍵などが入った鞄などの私物を置いていて、解決するまで自宅に帰ることができない方もいました。
このまま立てこもりが長引けばお店の営業にも大きな影響が出てしまう状況で、安全の確保を最優先としながらも、一刻も早い事態の解決を図る必要がありました。
明確な解決方法が見えない中、膠着状態を抜け出すためにどのような次の一手を打つべきか…悩ましい時間が続きます。
現場にいる我々が最も重視していたポイントは「倉庫内にまだクマがいるかどうか?」という点。
お店の従業員さんが中にクマを閉じ込めたというお話と、その後に現場に駆けつけた警察官が倉庫の中で物音を聞いたという証言から、クマは一時期確実に倉庫の中にいたことは間違いのない事実。
その後、既に抜け出したのか? まだ中に潜んでいるのか?
仮に中にクマがいた場合、迂闊に近づいて不用意に窓から覗いたら、驚いたクマが顔を目掛けて突進してくるかもしれません…
そうなったら大怪我は免れないため、中にクマがいるという想定で慎重な行動が求められます。
●爆竹、投入
定期的に窓から内部を覗いて目視で確認する、外から壁を叩いて大きな音を鳴らす…といったことを繰り返しても、中から反応はありませんでした。
次の手段として、中で爆竹を鳴らして反応を確かめるということを行いました。
合計4回、倉庫内で爆竹を鳴らしました。
爆音と、光、火薬の臭い。嗅覚や聴覚が優れているクマが中に潜んでいたら、たまらずに何らかのアクションを起こすであろう…と期待していましたが、爆竹を投入しても全く反応がなく空振りに終わりました。
既に日も傾き、安全に作業できるタイムリミット(=日没)が近づいてきます。窓を開放してクマが自由に外に出られる状態を作り、倉庫の内側と外側にそれぞれ赤外線センサーを3台設置し、夜間に映る動物がいるかどうか確認するための準備作業をして、1日目は作業終了。
夜間にクマが外へ出てくる様子が映っていたら、自然に山に帰ってくれたということで一件落着だったのですが…
残念ながらカメラには何の映像も映っておらず、事件は2日目に突入しました。
●事件2日目:最後の手段
個人的な感想としては、仮に中にクマがいれば、4回の爆竹に無反応でなおかつ、倉庫内に仕掛けた赤外線センサーカメラにも一度も反応がない(映らない)のはあり得ないのでは…とも思いつつ、それでも中にクマがいる可能性はゼロではありません。
最後の手段として「サーマルカメラ」と呼ばれる熱を感知して温度分布を可視化するカメラ(撮影対象の表面温度が高い部分は赤く、低い部分は青く表示されるサーモグラフィーを表示可能)で内部の様子を見てみることに。
倉庫内は物が多く、死角もたくさんあり、薄暗いため目視での確認はできなくても、熱を持った生き物がいればサーモカメラであれば可視化できるはず!…ということで、専門機関に中を見てもらうも熱を持ったものは映らず…。
この時点で中にクマがいる可能性は限りなく低いだろう…ということを現場で共有しましたが、最終的にそれを確かめるには中に入るしかありません。
まさにシュレディンガーの猫ならぬシュレディンガーの熊。
扉を開けて確かめるまで中にクマがいる可能性といない可能性は両方存在していたのです。
●突入
2日かけて、あらゆる手を尽くして、中にクマがいる可能性が限りなくゼロに近い…ということは確かめたうえでのことですが、最終的には扉を開けて自分の目で見なければなりません…
その恐ろしさはいかばかりか、想像するだけで震えます。
倉庫の中にはクマの足跡など間違いなくそこにクマがいたという痕跡が多数残されていました。
●クマの脱出経路
結果だけを見れば、クマは自力で外へ脱出していました。
●我々の対応はどうだったか
通報後に現場に参集した人は誰もクマが脱出する姿を目視していません。
クマは事件発生直後のバタバタした状況の中で、自力で倉庫内から脱出していたと思われます。
警察が規制線を張っている間も、行政が取材対応をしている間も、爆竹を鳴らしている間も、赤外線カメラを設置している間も、すでに倉庫にクマはおらず、もぬけの殻だった可能性が高いです。
客観的に見たら何十人もの大人が2日間に渡ってクマの幻影に踊らされた訳ですが、「中に籠城している可能性」がゼロでない限り、最悪のケースに備えるのは当然の事なので、今回の対応は決して間違っていなかったと考えています。
お店の従業員の方も、現場に参集した関係者もだれも怪我することなく、一連の対応を終えることができたのは不幸中の幸いだと思います。
特に従業員の方は室内で突然クマと鉢合わせるという超イレギュラーな状況にも関わらず、自分の身の安全を確保する(それが、結果的にクマを倉庫に閉じ込めることになった)というベストな対応をされており、このファインプレーがあったからこそ何事もなく済んだのだと思います。
●もし自分が室内でクマに遭遇したら
室内でクマに遭遇するという状況をモチヅキは経験したことがないので、どうすればよいか…?というアドバイスは難しいのですが、
といった今回従業員の方がされた対応をとるのが最善手かと思います。(部屋の形状や状況によっても対応は異なるので一概に言えませんが…)
ちなみに…モチヅキは調査などではっかく亭さんの前を通ることが多いのですが、営業時間になるといつもぎっしり車が停まっています。
店長さんに伺ったところ、クマが立てこもった後も、連日たくさんのお客さんが足を運ばれているそうです!
地元の方に愛される活気のあるレストランだからこそ、クマも気になって立ち寄ってしまったのかもしれません。
長くなってしまいましたが、獣害対策を専門とする公務員の目線からの事件レポートはこの辺りで終わります。
後編では、クマの目線も取り入れながら全国で多発するクマ被害の背景を深掘りし、どうすればクマと共生できるかを探ります。
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