理系の大学生が開発プロジェクトに関わって感じた、難しさとやりがいについて
2023年にオープンした福知山鉄道館フクレル。
その企画のひとつに、機関車の石炭をくべて機関車を走らせる仕事である機関助士の仕事を体験できる「なりきり!機関助士」という常設展示があります。
鉄道のまち福知山を代表する歴史のひとつである機関車のことを、
見るだけでなく体験してもらえるような仕組みとして開発された
この「なりきり! 機関助士」には、
福知山公立大学 情報学部の一期生で、今春から同大学院にこれまた一期生として進学する学生2名が参加しました。
はじめに 機関助士の仕事とは
機関助士のお仕事は機関車の火室に石炭をくべることです。
ただし、石炭をくべるにあたって熟練の力と業が求められます。
石炭のショベルは1杯あたり1kgです。
機関助士はこれを片手で扱い、火室に石炭をくべます。
投炭に必要なのはショベルの重さを扱う腕力だけではありません。
3分20秒で100杯を投炭し続けるほどの持久力と速さが必要になります。
路線によっては往復100kmにも及ぶケースも有り、
その場合、約1.5tの石炭をくべ続けなくてはなりません。
さらに、火室に石炭を投げ入れるその瞬間にも機関助士熟練の技術が求められます。
火室に石炭をくべる際は石炭を効率よく燃焼させることで最大限の動力を得る必要があります。
そのため、機関助士は火室の20箇所もの決まった位置に決まった順序で石炭をくべ続ける必要があります。
そんな機関助士の大変さを体験で学んでもらう「なりきり!機関助士」の開発プロジェクトに、福知山公立大学情報学部の2人の学生が参加することになりました。
そのプロジェクトの様子や、プロジェクトに参加して感じたことを、それぞれの学生の目線で語ってもらいました。
学生・小野目線 ~技術導入の難しさ~
福知山公立大学倉本ゼミの小野です。
「なりきり!機関助士」の開発プロジェクトには2021年の春から関わっていました。
私は当初、利用者の身体位置を推定する技術で投炭位置の特定を目指しており、ショベルで石炭を持ち上げてから火室内に投げ入れるまでの動作と、
その速度をトラッキングすることで、
投炭位置を推測する仕組みを検討していました。
これを実現するために、私はユーザの姿勢検出に基づく投炭位置特定システムの開発を進めていました。
特に、カメラから得られる動画に基づく骨格検出結果の利用方法に注力していました。
機関助士体験コンテンツに関してはユーザの手首、腰、足などの位置を参考に投炭位置の推定手法を検討していましたが、用途によっては画像からもっと細かい人体位置を得ることも可能です。
例えば、手指の位置を検出することでより動作が細かい作業の様子を観測することができます。
2023年3月末に、「福知山ポッポランド(現フクレル)体験コンテンツ中間視察」として、福岡の空気株式会社さんのオフィスにお邪魔しました。
福知山市産業観光課と福知山公立大学倉本ゼミの三者でフクレルに設置するコンテンツの設計を話し合いました。
機関助士体験コンテンツと、併設するウォールコンテンツの2つについて、それぞれ基本的な体験コンテンツの流れを確認しました。
ここでは、投炭動作だけでなくコンテンツ全体の設計について話し合いがあり、進捗状況の表示やランキングの仕組みなどの要素が話題に上がりました。
この話し合いを経て最終的に、投炭位置を検出する部分の実装形態は照度センサを使い投炭位置を分類する手法となりました。
提案当初からの実装上の要件が大幅に引き下がったことにより、提案手法よりもかなりシンプルな実装でのシステム実現が可能となりました。
前述の姿勢検出による投炭位置推定手法は、提案段階では周囲の環境や利用者の服装などが精度に強く影響し、ケースによっては安定性に欠ける実装でした。
私は今回このプロジェクトに関わり、単純な仕組みに基づくシステムが時としてユーザに適した体験を提供できることを学びとして得ました。
今回私がプロジェクトを通して得た技術的な学びと併せて、これからの研究活動に活かしていきたいと思っています。
学生・吉岡目線 ~プロジェクトを肌で感じる~
倉本ゼミの吉岡です。
今回福知山鉄道館フクレル新設における展示のひとつとして、機関助士を疑似体験する「なりきり!機関助士」が計画され、そこにPBL(地域情報プロジェクト)の一環として関わらせていただきました。
機関助士というのは、鉄道が走るための燃料となる石炭を罐に投げ入れる投炭作業などを主に行っていて、ただ、投げ入れるだけでなく、山道など鉄道の走る道のりに合わせて投炭作業を行わせるなど、繊細な作業も求められていました。
「なりきり!機関助士」ではこういった機関助士の方の作業を少しでもリアルに体験できるように考えられています。
このプロジェクトには2021年の春(2年生開始時)から関わらせて頂いており、事業主の福知山市役所産業観光課、丹青社、空気株式会社の方々とのzoomでの打ち合わせに参加させていただき、実際に空気株式会社さんの会社のある福岡まで中間視察として訪問させていただきました。
中間視察の中ではVR空間で再現された展示会場をHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を使って体験し展示された時の雰囲気や、展示の大きさなどを確認しました。
体験で表示されるスコアなどコンテンツの設計に関する打ち合わせにも参加しました。
また、プレオープンにも立ち会わせていただきました。
実際に自分自身が関わった物が展示されていたり、小さなお子さんが楽しそうに触っていたりして、とてもうれしかったです。
また、新聞社やテレビ局の方々など多くの方が取材に来られており、その対応なども行いました。
実際にプロジェクトが企画されてから展示されるまでの流れを知り、肌で感じることができ、今後に活かすことが出来る経験だったと思います。
私自身も、PBLの中でセンサを使って利用者の動きを取得する研究を行いました。
ただデータを取得するのではなく、展示で利用されるという条件の中で製作を行うことは、これまでになかったため、新たな経験ができたと思います。
具体的には
○子どもが使うことも多いため、簡単に壊れるものではあってはならない、
また、
○炭を投げ入れる投炭作業の体験をするためには無線で使えなければならないため、使える技術やセンサなどが限られる
など、決められた条件の中で、研究、開発を行うことは難しいと感じました。
私はこの春から大学院へと進学するため、今回のプロジェクトで得られた知識や経験を活かしてこれから研究を行っていきたいと思います。
教授・倉本目線 ~大学の研究開発と実践的な開発~
ゼミ担当教員の、福知山公立大学情報学部教授の倉本です。
大学教員としてもっとも心に残ったのは、大学で学生が開発した技術がそのまま展示物などの実運用に供されることは難しいということでした。
これは、数多くの老若男女様々な来訪者すべてに対して確実に動作する仕組みの開発が、いわゆる先導的な大学の研究開発とは目的が異なっていることが大きな理由です。
学生諸君は、できるだけ精緻でリアルな体験を復活させるために、できるだけ細かいデータまで取れるような仕組みを考え、それを実現しようと試みていました。
言い換えるとそれは、きわめて精密な仕組みで作られるものであり、ちょっとしたノイズやトラブルですぐに動作しなくなってしまうことも意味します。
展示物として当たり前に体験を楽しんでもらうためには、最先端の技術を不安定なまま導入することよりも、ある意味単純だが確実に動作する技術を、それをうまく体験に誘導することで満足のいく体験システムに組み上げることのほうが重要になります。
それを開発の中で学ぶことができたことが、学生諸君にとっても、また指導教員にとっても大変価値のある経験だったと考えています。
当ゼミでは、実際に地域住民の方々や観光客の皆様に使っていただけるシステムを展示するのはこれで2度目になります。
最先端の技術に挑戦することはもちろん大事ですが、技術者・工学者として巣立っていく学生諸君にとって、このような「実際に人に使ってもらえる」仕組みをうまく教育研究に織り込んでいける、この地域での大学生とともにプロジェクト活動ができることに感謝しています。
▼福知山鉄道館フクレルHP
▼鉄道関連note
▼福知山公立大学 情報学部